発言記録の株式会社宮田速記 東京都中野区

発言記録の作成

発言記録の作成



人の発言を何らかの形で記録しておきたいという願望は、人が文字という表現手段を手にする以前からありました。初めは亀の甲や鹿の骨などに刻まれたり、(中国・殷の時代)古代エジプトからは、石に刻まれた記録が発見されています。(ロゼッタストーン)

その後、世界各地でさまざまな文字が考案されて定着し、他方、植物の繊維からつくられた紙が、木や石にかわって情報の記録や伝達に用いられ、さらにグーテンベルグの活版印刷機の発明(1450年ごろ)が、その普及発達を飛躍的に向上させました。

他方、人の発した言葉をその場で書き取って記録する作業も、既に古代ローマやギリシア時代から皇帝や学者の間で一部行われており、徐々に改良が加えられていったのですが、ローマ帝国の滅亡とともに廃れ、新たな光明を見出すには、16世紀のルネッサンスまで待たねばなりませんでした。

ところで、古代のいわば「速記」は、個々の記号に込めた事柄を当人がすべて記憶しておく必要があり、その記憶力が乏しければ、復元される内容はそれだけ少なく、不正確となります。結局、一語一語を発言と同時に正確に書き取るためには、幾何学的な線を用いて音声をあらわす方式が最良であり、この着想による「記線速記方式」は、16世紀のイギリス人、ティモシー・ブライトが始めたものとされています。この後、ヨーロッパ各国でさまざまな工夫・改良が行われ、議会、裁判、報道などで採用されるに至ってその利用は広範にわたり、実業界や家庭にも普及していきました。

この記線方式に対して、簡便な機械を用いる「印字方式」も出現し、現在もステノタイプとして、裁判や議会関係で広く用いられています。

日本の速記



日本では、岩手の人、田鎖綱紀が、西欧の知見に基づいて考案した「日本傍聴筆記法」を1882年に発表。これを学んだ人たちの手で講談や落語が速記されて雑誌などに掲載され、当時マスメディアの乏しかった一般大衆から圧倒的に歓迎されました。

そして明治23年、第1回帝国議会召集以来、すべての議事が速記法によって記録され、全国の地方議会でもこれに倣うところがふえていきました。さらに裁判関係や新聞社・出版社でも速記者の採用が相次ぎ、速記法を教える専門の学校も設立されました。速記業者の中には株式会社を設立する者もあらわれ、最盛時には全国で6000余名の実務者を数え、速記方式も60余に上っていました。

こうした中で速記関係者を糾合する組織も徐々に結成され、全国組織としての社団法人日本速記協会が大正9年に発足、今日に至っています。なお、同協会が毎年実施している速記技能検定試験が「文部省認定」とされたため、速記技能水準に一定の国家資格が付与されることとなりました。

21世紀を迎えた現代は、録音機やパソコンなどの出現で、だれでも簡単に発言が記録できるようになりましたが、必ずしも万能ではありません。ことに長時間の会議や大切な会合、講演などの内容を正確に、ごく短時間に文字化するには、やはり高度な速記の技術を身につけた者の手にゆだねるのが早道です。
株式会社宮田速記は、そうしたご要望におこたえするための最高のノウハウを備えて、クライアントのお役に立つことを常に心がけています。